生きろ。

みいたろ。の生まれてから今に至るまでの自叙伝。

小学校5年生 冬

 

5年生の11月頃。

クラスの男子に誘われ

担任の先生と

女子男子数名で

釣りに出かけた。

 

初釣り!

 

テンション高らかに

担任の先生が仕掛けを作っているのを

横で見ていた。

 

いたっっっ!!

 

頭に激痛が走る。

 

さらに

 

ぐぐぐぐぐーっ!

と頭が引っ張られる。

 

いたいっっ!

 

三本針の1本が

わたしの後頭部に刺さっていた。

 

釣りは中止となり

病院に行くことになった。

 

5年生の時の担任の先生。

このことが原因で春に転勤となった。

 

とても生徒思いのいい先生だったので

しはらくはショックだった。

 

 

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読んでいただき、ありがとうございます!

 

こんなblogを読んでいただける方が

いるかどうかはわかりませんが、

読んで下さっている方へ。

 

「生きろ。」はみいたろ。の

自叙伝であります。

わたしの記憶を辿りつつ

投稿していますが、

全てノンフィクションでございます。

 

描写がリアルな部分もあり

不快に感じられる方がいらっしゃるかと

思いますが、それがみいたろ。の

生きてきた証であります。

不快に感じられた方は

お読みいただくことを

控えていただければ幸いです。

 

 

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小学校5年生5月

 

まだ性授業がある前のこと。

 

ある日パンツが血で真っ赤になった。

「生理」の存在を知らなかったわたしは

どこからの出血かわからず

もしかしたら、自分は死ぬかもしれない。

と3日間ほど誰にも言えずに

今日死ぬかもしれない。

とドキドキしていた。

 

出血を止める方法がわからず

パンツにびっしりとトイレットペーパーを

敷き詰め、休み時間は毎回トイレへ駆け込む。

そんな3日間を過ごし

精神的に追いやられたわたしは

意を決して友達に出血していることを

相談してみた。

 

びっくりしなくても大丈夫だよ。

病気じゃないから

帰ったらお母さんに言うといいよ。

お母さんがきっと準備してくれてる。

 

???

 

どういう意味だろう、、、

と思いつつ帰って母に出血のことを

伝えてみた。

 

母はそうかそうか。

 

と言い、タンスから

生理用パンツを出し

ナプキンのあて方を教えてくれた。

 

明日は赤飯にしよう。

 

母が言った。

なんだか恥ずかしかった。

 

 

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小学校4年生の頃。

 

今の時代で言うと

毒親」という表現になるのだろうか。

当時はそんな風に思ってはなかったけど、

小学生4年生の頃から

自宅が雀荘屋さんのようになった。

 

父の友人が集まり昼日中から

酒を飲み麻雀をしながら

タバコをぷかぷか。

 

家中がタバコ臭くなり

絶対にタバコなんて吸うもんか!

と思っていた。

(今では毎日1箱吸っています笑)

 

母は始めの頃、父たちの酒の肴を作ったり

おもてなしをしていたが

次第に麻雀を覚えたのだろう。

母まで加わり昼日中から夜中まで

麻雀に明け暮れる日が幾度となくあった。

 

わたしと弟の晩御飯なんて

そっちのけのこともあり

晩御飯が封の空いた湿気た

カレー味のカールだったこともある。

カレー味のカール嫌いなんだけどなあ、

と思いつつお腹が空いてたので

食べた記憶は何時までも消えない。

 

だから、麻雀は嫌い。

 

 

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